なぜ今ワークショップが必要なのか
近年、企業を取り巻く環境はVUCA(Volatility/Uncertainty/Complexity/Ambiguity)と呼ばれ、ますます不確実性を高めています。これまでのように顕在化している問題に対してソリューションを提供するだけでは価値を発揮しづらくなりつつあり、企業は今後何をすべきかについて再考を迫られています。このような環境では、従来のモノづくりのみならず、ユーザー体験、サービスや事業レベルでの体験デザイン、それらを包括するエコシステムの視座から人間中心の視点で課題を捉え、サービスをデザインしていく必要があります。一方、視座のレイヤーがエコシステムの領域まで高まるに従い、検討しなければならない要素やステークホルダーが増加し、担当者個人や一企業のケイパビリティだけでは対処できなくなります。そうすると多くの人間を巻き込んだ共創のための場をいかに設計し活動を実践するかが重要となります。このような背景から、近年では多様なメンバーが集い新しいアイデアや物を作り出すワークショップと呼ばれる手法が注目されています。
なぜオンラインだと伝わらないのか
緊急事態宣言が発令されて以降、リモートワークに従事する方が増加していますが、同時にオンラインでのコミュニケーションにもどかしさや難しさを感じている方の声も多く聞こえてきます。ここでは、なぜオンラインでのコミュニケーションがうまくいかないのかについて、“インストラクション”の視点から説明いたします。
インストラクションとは
インストラクションとは「相手にしてほしいことを伝えること」であり、情報の伝達手段です。例えば、何気ない会話の中にも「相手にこの部分について反応してほしい」という意図が込められていたり、建築の図面であれば「このように材料を加工して家を建ててください」という意味が読み取れたりと、日常の至るところに含まれています。
情報そのものに構造があるように、情報の伝達手段にも構造があります。情報を分かりやすく表現する技術における先駆者ワーマンは、その著書でインストラクションの構成要素は5つ(送り手・受け手・内容・チャネル・コンテクスト)あり、どれかひとつでも間違っていたり欠落したりしていれば、どんな簡単なインストラクションでもうまくいかない、としています。(Richard Saul Wurman,『INSTRUCTION ANXIETY』1989)
オンラインで“伝わらない”構造
ワークショップをインストラクションの構成要素に分解し、対面とオンラインがそれぞれどのような情報を用いているかについて一覧したのが下記の表となります。伝える内容は同じでも、オンラインの方は伝えるための情報が不足する(フィルターがかかる)ことをイメージいただけるかと思います。オンラインでのワークショップデザインのポイントは、オンラインによりフィルターがかかってしまう情報の影響を踏まえて、ワークショップ環境を設計していく点にあります。
ワークショップデザインの全体像とオンラインでのポイント
それではオンラインワークショップのポイントの話をする前に、ワークショップデザインの基本構成について説明いたします。ここでは、ワークショップの定義を「参加者がコラボレーションを通してアイデアを創出する場」とし、ワークショップデザインの定義を「人々の学習と創造の場をデザインすること」とします。
ワークショップデザインの全体像
ワークショップデザインの全体像は大きく「プログラムデザイン」「ファシリテーションデザイン」「リフレクションデザイン」の3つの要素で構成されています。ワークショップはその目的や参加者などにより千差万別となるため、基本的な型として全体像を踏まえ、各要素をデザインしていきます。加えてオンラインワークショップは、ZoomやTeams等のビデオチャットツールと、MiroやMuralのようなコラボレーションツールを併用することを前提としてデザインする必要があります。
ここからは、オンラインワークショップのデザインのポイントとして、参加保証・増幅の仕掛け、参加者に委ねるためのファシリテーション、参加者の状況把握と働きかけについて説明いたします。
オンラインでのワークショップデザインのポイント
1.参加保証・参加増幅の仕掛け
一つ目のポイントは、プログラムデザインにおける参加保証・参加増幅の仕掛けです。コンセプトと流れの設計では、どのような手段で何を目指すのか、ゴールに到達するための要素は何か、どのようにワークに盛り込むか等について検討を行います。ワークショップでの活動と参加者のマッチングを図るため、この段階で参加保証や参加増幅の仕掛けを埋め込んでいきます。
ここで特に重要となるのは、参加者の期待値とプログラムをマッチングすること、またそのための心理的安全性担保のための環境整備です。例えば、対面の場合に参加者はインストラクションを聞き漏らしたり内容が理解できなくても、周囲の様子を観察したり他の参加者の会話に耳を傾けたりする等して情報を補足することができますが、オンラインではたいていの場合誰かに聞かなければなりません。質問はチャット等で受け付ける旨をアナウンスしますが、全体の場で質問することに抵抗を感じる方が多いのも実態です。参加者を置き去りにしてしまい参加度が下がる、といった状態はオンラインでは生まれやすく、この状態を未然に防ぐためのプログラムデザインが必要となります。
参加保証は個別のファシリテーションである程度カバーできることも多いですが、ファシリテーションに頼るワークショップは再現性が低くなります。参加者が多くなったりオンライン環境になったりすると参加保証をファシリテーションでカバーするには限界がくるため、プログラムデザインに参加保証の仕掛けを埋め込んでいく必要があります。
2.参加者に委ねるためのファシリテーション
二つ目のポイントは、参加者にワークを委ねるためのファシリテーションデザインです。オンラインでは相手のことが見えないため、ファシリテーターとしては相手に内容が伝わっていないのではないか、なにか問題が発生しているのではないか等、不安を感じる幅が対面より大きくなりがちです。参加者の能動性や創造性を信じて委ね、斬新なアイデアを創発する場をつくるには、「どこまでを参加者に委ねるのか?」「ファシリテーターとして何に関与するのか?」を明確にする必要があります。
アイデア発散系ワークショップにおいて、特に参加者に委ねたいプロセスはメインワークとなる「発散」「収束」「シェア」の部分となります。この場合、ワークプロセス毎の情報の流れについて、情報伝達チャネル(音声・画面)の活用範囲を調整しながらファシリテーションすることが有効となります。ビデオチャット・コラボレーションツールを活用しながら、オンライン環境によって不足しやすい情報をファシリテーションによって補うことで、重要なプロセスを参加者に委ねる場作りが可能となります。
ツール活用例
参加者にワークを委ねるためには、ワークの進行が阻害されない環境作りが必要です。ここではコラボレーションツールMiroやMural等のコラボレーションツール活用例についてご紹介いたします。
- ワークスペース上にスタート地点となる場所を設け、運用ルールやインストラクション、アジェンダ情報を貼付する
…スタート地点に戻れば何をすればよいか理解できるように情報を予め準備しておくことでワーク進行の円滑化を促すことができます。 - アジェンダ項目やワークシート毎に所要時間を明記し、ワーク中はタイマー機能を起動する
…時間内でのアウトプットを参加者に意識付けすることで、参加度や集中力を高める効果があります。 - アイデア発散を促す情報を予め貼付する
…関連記事のリンクや写真・キーワード等を予め準備することで、アイデアを発散するための燃料を参加者が必要に応じて取得することができます。 - アイデア発散・収束を促すフォーマットやオブジェクトを予め貼付する
…フレームを埋めることで議論を促すことが可能となります。発散したアイデアは後工程で評価・優先順位付けを行うため、個人やグループ間のアイデア比較も容易になります。
3.参加者の状況把握と働きかけ
3つ目のポイントは、ファシリテーター陣による参加者の状況把握と働きかけです。ワークショップにおけるファシリテーターの基本的な機能は、ワークショップとしての場を維持し、参加者に活動を委ねながらも、参加者同士が協働しやすいようサポートをすることです。そのために、ファシリテーターは「伝える」「場を見る」「働きかける」のサイクルを通して、参加者と活動のフィット感を向上させることが求められます。一方、オンライン環境では、ファシリテーターは「伝える」ことと「場を見る」ことを同時に行うことが困難なため、予めサブファシリテーターを設け、彼らと連携しながらファシリテーションを行う必要があります。ここからは、オンラインのワークショップの場においてどのように参加者に働きかけるか否かについて、F2LOモデルを用いて解説していきます。
F2LOモデル
F2LOモデルは、ワークショップ参加者の関係性を図示したものです。「Facilitator:支援者」「Learner:学習者(参加者)」「Object:活動の対象」の要素から構成され、FLOの動きにより要素の関係性の変化(離反、接近、結合など)を表現します。実際のワークショップは参加者が多かったりファシリテーターが少なかったりすることもありますが、起こっている事象を最小の分析単位としてモデル化することで、多様で複雑なあり方を捉えることが可能となります。(苅宿俊文,『ワークショップと学び3 まなびほぐしのデザイン』2012)
働きかけが必要となるのは「目標に対して自力での到達は困難であるが、支援を受ければ到達可能」な状態です。自力で目標に到達可能である参加者に働きかけてしまうと、参加度を下げてしまう恐れがあります。オンラインでは参加者の状況が把握しづらいため、この点を踏まえて働きかけるか否かの判断を随時行う必要があります。具体的な方法としては、チャットで参加者に呼びかける、コラボレーションツール上の状態を確認する、ボイスチャットルームを巡回する等があり、ファシリテーター同士が連携しながら、これらを場面に応じて組み合わせながら働きかけが必要な参加者を察知し、対応していきます。
まとめ
以上、オンライン環境におけるワークショップ運営について記載させていただきました。
現在もビデオチャットツールやコラボレーションツールはアップデートを続けており、今後も様々な機能が実装されることが予想されます。しかしどれだけツールが発達しても、情報の伝え方、そして伝える相手への配慮が必要なことは変わりません。リモート環境でも共創を止めぬよう、本記事が皆様の実践の場で参考になれば幸いです。
著者紹介
デロイトトーマツグループ コンサルタント
松本 尭大
日系メーカーを経て現職。主にCRM基盤刷新支援、サービスデザイン支援を担当。
以上