退職金前払い制度とは?
退職金前払い制度(退職給付前払い制度)とは、企業が従業員の退職時に支払う退職金を、従業員が在職中に支払う制度です。
退職金の金額は、退職時の基本給、勤続年数、退職理由などに応じて計算されます。そして、退職金は従業員が退職する際に企業から一括で支払われることが一般的です。
しかし近年、退職金前払い制度を導入する企業が増加傾向にあります。とはいえ、従業員の好きなタイミングでまとめて受け取れるわけではなく、従業員が在職中の給与・賞与に上乗せして支払われていく仕組みになっています。
なお、退職金制度は法律で定められていないため義務ではありません。しかしご存知の通り、日本では多くの企業で退職金制度が導入されており、求職者が応募するかどうか決める際に「退職金制度があるか」が判断基準にすらなっているほど重要視されています。
退職金前払い制度が普及した背景
厚生労働省が調査した「令和3年 労働組合活動等に関する実態調査」によると、退職金前払い制度が導入された企業の割合は11.6%となっています。(※)
徐々に退職金前払い制度の導入企業が増加している背景には、どのような要因があるのでしょうか。 大
きな要因として、働き方の変化が挙げられます。
働き方改革やテレワークの普及などにより、人々の働き方や仕事に対する価値観は大きく変わりました。副業・兼業を許可する企業や、ジョブ型雇用を取り入れている企業も増えています。
さらに先行きが見通せない世の中になっていることも相まって、今までの「会社に守ってもらえる/会社が求めていることをする」という考え方から「自分の道は自分で作る」という考え方に変化しました。
そこで、定年まで勤めずに転職や独立などでキャリアアップを目指すビジネスパーソンが増加し、今までのように勤続年数や退職理由などで退職金を支払う退職金制度では時代にマッチしなくなりました。
そのため、勤続年数や退職理由などで退職金の金額が大きく左右する従来の退職金制度から、退職金前払い制度へとシフトする企業が増えているのです。
(※)参照:令和3年 労働組合活動等に関する実態調査 結果の概況|9 賃金・退職給付制度の改定に関する状況|厚生労働省
確定拠出年金との違い
退職金前払い制度とよく比較されるのが「確定拠出年金」です。
確定拠出年金とは、毎月拠出する掛け金を運用していき、掛け金の金額と運用益で将来的に年金としてお金を受け取れる仕組みです。
確定拠出年金には、以下の2通りがあります。
- 企業型DC:企業が掛け金を拠出して、従業員(加入者)が運用する
- iDeCo(イデコ):従業員(加入者)が掛け金を拠出して、本人が運用する
企業型DCを導入している場合、確定拠出年金と退職金前払い制度のどちらにするか従業員に選択する企業が多く見受けられます。企業側は、従業員の年金の積み立てとして確定拠出年金の機関に掛け金を支払うことも、毎月従業員に対して支払っていくことも、「退職金(年金)を前払いしている」という意味合いでは同じだからです。
しかし、従業員にとっては退職金前払い制度と確定拠出年金では、以下のような違いがあります。
退職金前払い制度 | 確定拠出年金 | |
受け取れる金額 | 社内規定によりあらかじめ決められている | 掛け金と運用益により変わる |
リターンの有無 | 投資のためリターンが得られる | 給与・賞与への上乗せのためリターンは得られない |
税制面 | 所得税の課税の対象 | 所得税の控除の対象 |
転職時 | 退職するともらえない(転職先の制度に合わせる必要がある) | 積み立てた分を継続できる |
これらの特徴や違いを理解し、退職金前払い制度と確定拠出年金のどちらを選択するか決めましょう。
退職金前払い制度を導入するメリット・デメリット
退職金前払い制度は、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。企業側・従業員側の視点から解説します。
企業側|退職金前払い制度を導入するメリット
まずは、企業側のメリットから紹介します。
退職金を一括で支払うリスクがない
従業員が退職時に退職金を支払う場合、企業は一括で膨大な退職金を用意する必要があります。従業員によっては数千万円の支払いになる場合もあり、企業としては大きな痛手になるでしょう。
もちろん企業側は退職金に備えて積み立てをしていることが多いですが、一度に何人も退職する場合は膨大な金額の退職金が出ていくことになり、企業側のキャッシュフローにも影響しかねません。
一方、退職金前払い制度を導入していれば、退職時に膨大な金額を用意する必要がなくなります。給与や賞与に上乗せして支払っていくため、キャッシュフローも見通しを立てやすくなるでしょう。
退職給付引当金が不要になる
従来の退職金制度の場合、「退職給付引当金」の準備が必要です。
退職給付引当金とは、退職金の支払いに備えて企業が積み立てておくお金です。退職給付引当金は従業員に対する債務として見なされるため、貸借対照表では負債として扱われます。負債が多いと、融資などの際に不利になる場合があります。
しかし退職金前払い制度を取り入れると、従業員への給与や賞与として支払っていくため、債務ではなく必要経費として扱われます。
給与を支払ったあとの現金は流動資産として扱われ、企業の支払い能力を評価する基準となります。 そのため、融資などの際に不利になることを防げるでしょう。
求人掲載で月給を高く設定できる
退職金前払い制度を導入していれば、必然的に毎月の給与金額も高くなります。そのため、求人を掲載する際、月給を高く掲載できます。
他の求人情報よりも月給が高いと多くの求職者の目に留まり、優秀な人材と出会えるチャンスも増えるでしょう。
退職金前払い制度や企業型DCを取り入れていることは、待遇面を重視している求職者に対して大きなアピールポイントになります。
従業員側|退職金前払い制度のメリット
次に、従業員側のメリットについて解説します。
手取り額が増える
毎月の給与に退職金が上乗せられるため、手取り額が増える点はメリットです。
物価高で家計が厳しい今の時代、手取り額が増えることで安定して生活できます。
また、手取り額が増えた分、将来に向けた貯蓄や投資を行うという人も多いでしょう。手取り額が増えれば資産形成をしていけるため、今の生活だけではなく、老後の生活に向けた準備ができるのです。
退職金の廃止や減額のリスクを回避できる
退職金制度は義務ではないため、現在は退職金制度を取り入れている企業も、不況や情勢の変化によっていつ廃止するかもわかりません。廃止まではいかなくても、減額などの変更が行われる可能性もあります。
しかし、前もって給与に上乗せされて支払われていれば、退職金の廃止や減額などのリスクがないため安心です。
万が一、途中で退職金制度が変更になったとしても、今まで受け取っていた分を返金する必要はありません。
企業側|退職金前払い制度を導入するデメリット
退職金前払い制度の導入を検討する際には、デメリットとなるポイントも理解しておきましょう。
社会保険料の負担が増える
名目としては退職金として支払っていても、法律により在職中の支払いは労働の対価としての報酬と見なされます。
そのため、月々の給与が増えた分、社会保険料の負担額も増える場合があります。
給与と賞与では社会保険料の負担額の算出方法が異なるため、どのくらいの金額を給与・賞与のどちらに上乗せするか、事前に決めておくとよいでしょう。
離職率が上がるリスクがある
従来の退職金制度の場合、退職時の給与金額や勤続年数が退職金の金額に大きく影響します。したがって、従業員が「会社に貢献して給与を上げよう」「少しでも長く勤めよう」という気持ちになりやすいでしょう。
しかし前もって退職金を受け取っていると、従業員は勤続年数を気にする必要がなくなるため、気軽に退職してしまう可能性があるのです。
従業員側|退職金前払い制度のデメリット
退職金前払い制度は、従業員側にとってもいくつかデメリットがあります。
税金の優遇措置を受けることができない
従来の退職金制度で、退職時に一括で退職金を受け取る場合、所得控除を受けることができます。(※)
しかし、退職金前払い制度にて毎月の給与に上乗せして退職金を受給している場合は、月々の給与に課税される住民税・所得税の対象となります。
前払いされる退職金の退職金の金額が多いほど月々の給与金額も高くなるため、支払わなければならない税金の金額も大きくなるでしょう。
(※)参照:No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)|国税庁
計画的に運用できない場合がある
毎月の給与に上乗せされていると「退職金をもらっている」という意識が薄れてしまい、散財して手元に残らない人も見受けられます。
もともと退職金とは、従業員が退職後に次の仕事が見つかるまでの生活を保障するためなどの目的で支払われます。 しかし退職前に受け取ることができると、その時に刹那的にお金を使ってしまい、退職後の蓄えとしてとっておくことが難しい人もいるでしょう。
生活が厳しいときを除き、退職金相当額は貯蓄や投資に回すなどして運用するよう心がける必要があります。
まとめ
退職金前払い制度は、退職時に一括で退職金を支払うのではなく、在職中から給与や賞与に上乗せして支払っていく制度です。
企業側にとっても従業員側にとってもメリットがありますが、注意すべきデメリットもあるため充分に検討する必要があるでしょう。
退職金前払い制度を導入する際には
- 前払い制度で受け取るか
- 確定拠出年金(企業型DC)を受けるか
- 退職時に一括で受け取るか
など、従業員側の選択肢を広げておくと親切です。
また、退職金前払い制度についてメリット・デメリットともに従業員側にしっかりと伝えましょう。
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