デザインとビジネスの新しい関係|デロイト トーマツ グループ

2020年9月1日

我々が生きる現代社会は、市場が成熟化し、COVID-19によりこれまで以上に先行きの不透明さが加速するVUCA(「Volatility(激動)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(不透明性)」の略)な時代だと言われている。その中で、新しい可能性や活路を見出すために、各企業が数年前から取り入れようとしているのがデザインシンキング、デザイン経営、CDO(Chief design Officer)等のようにデザインを企業活動の中に取り入れようとする動きである。 なぜデザインが求められてきたのか、昔と今でデザインはどのように変わってきたのか、そしてなぜデザインが標榜されつつも特に日本企業において浸透が進んでいないのかを本記事ではデザイン会社とコンサルティング会社の両方を経験した筆者の視点から近年の企業の動きとともに明らかにしていきたい。

 

1.これまでのデザインとは

これまでの企業活動におけるデザインとは、商品デザインやパッケージデザイン、グラフィックデザインなどいわゆる“意匠”を指すことが多く、ビジネスプロセスの中では、下流工程で初めてデザインが行われるという位置づけが一般的であった。

例えば、マーケティングの世界で言うと、企業のマーケティングチームが商品やサービスの過去実績、定量調査等を踏まえ事業戦略・マーケティング戦略が立案され、広告代理店へオリエンシート(提案依頼書)が出されのち、商品パッケージやTVCM、ポスター、サイト等のデザインが制作されていく工程である。

実務経験においても、マーケティング戦略とクリエイティブ・デザインのそれぞれの領域を越境していくことはどことなくタブー視され、デザインとビジネスは分業且つ分断された状態が長く続いていた。

 

 

2.デザインが求められてきている理由

テクノロジーの進化・日常化により、人や場所、時間の制約を受けずに情報が流通している現代では、時間をかけてようやくローンチしたものも他社の模倣スピードが上がり、生活者においても飽きが早まるなど、企業にとっては、昔のように一つの商品・サービスで何年も増収増益を継続させることが難しい時代に突入してきている。

また、これまでの企業活動の意思決定は、過去実績や定量データなどの“ファクト”をベースとしてなされてきたものの、将来が予測しづらく、消費者の声も多様化している中で、“ファクト”だけを捉えて成長を続けていくことへの限界点が見えてきたと感じる企業が増えてきているのではないだろうか。

そういった中で、昨今優れたコンセプトやビジネスアイディアは顧客自身ですら気づいていない欲求や問題のありかを突き止めた結果生み出されたものが多く、このような目に見えない欲求や潜在的なニーズを探し出すためにはこれまでとは異なるやり方を用いる必要が出てきた。

そこで注目されてきた手法が、定量的なファクトだけに頼らない、人間を中心に徹底的に観察・共感すること、既定の枠や過去の事実にとらわれないBig ideaを称賛すること、アイディアをプロトタイプとして形にして考えることなどのデザインシンキングである。

何れも、デザイナーにとっては当たり前のように行われてきた暗黙知が形式知化されたものだと言われているが、ビジネスの世界においてもIDEO等のようなデザインファームの引き合いが多くなり、コンサルティング業界においてもデザイン企業の買収や社内にデザイナーを抱えコンサルタントと一緒になってクライアント企業のコンサルティングワークに従事する案件が急激に増えてきているなどデザインへの注目度は高まっていった。

また、この取り組みがアメリカ・シリコンバレーなどのスタートアップ企業だけではなく、日本の大企業においてもなぜ受け入れられ始めているのかを考察すると、戦後日本が急成長を遂げてきた時代に、共に成長してきたトヨタ、ソニーなどの企業こそ、創業当初は過去に捉われず、Big ideaを持ち、アイディアをすぐ形にすることを繰り返してきたことで今の礎を築き上げてきたのではないだろうか。そのように考えると、各企業とも原点回帰的な取り組みに戻ってきているのかもしれない。

 

 

3.なぜ、日本企業においてデザインの浸透が進まないのか

デザインへの捉え方が“意匠”だけでなく“事業・ビジネスアイディア”へと領域が広がるにつれ各企業のデザインへの注目度が一気に高まっていた一方で、デザインシンキングによって本当に目覚ましい成果が上げられた日本企業があるかというとそう多くはないと感じている。

2018年5月に経済産業省・特許庁が『「デザイン経営」宣言』を取りまとめ、国としても日本企業の成長に向けた一助としてデザインを取り入れていくことを推進している形だが、企業の導入事例や推進上での課題感を見ても道半ばな企業が多い。

そこには、デザインシンキングへの誤解とデザイナーとビジネスパーソンの共存方法が確立されていないという2つの問題が起因しているのではないだろうか。

以降は、2つの問題について理解を深めていきたい。

 

4.デザインシンキングへの誤解

デザインシンキングは主に探究・共感、アイディア創造、デザイン、共創の4つのプロセス(スタンフォード大学の研究所では5つのモードと定義され、IDEOでは4つのマインドセットと定義されている)を高速かつ何度も回すことにある。

但し、このプロセスを回せば誰でもデザインシンキングが実現でき、イノベーティブなアイディアが生まれるかというと1つ目の誤解がまさにここにある。

実際のデザイン業務においても、各プロセス間を何度も行き来をし、時にはプロセスを並行させながら進んでいくような“カオス”な状態が多く、決してウォーターフォール方式で進んでいくものではない。

また、デザインシンキングは“手法”ではなく“マインドセット”ということも重要なポイントであり、日々の日常生活から探求・共感が行われていなければ、いざ実践しようと思ってもなかなか出来るものではない。

このような前提を踏まえ、それぞれのプロセスを説明していきたい。

 

  • 探求・共感

モニターを活用した調査やビックデータなどの定量的なデータ活用に留まらず、デプスインタビューなどを通して顧客の深層心理を理解することや、エスノグラフィーなどのように顧客と一緒に生活し、行動観察を行うことで、日常生活の何に困り、どのような潜在的なニーズを持っているのかを徹底的に“探求”する。また、このプロセスで重要なことは、観察するだけでなく顧客により添い“共感”することでこれまで見えてこなかった顧客の潜在ニーズ、顧客が抱える根源的な悩みをあぶりだしていき、問題に対して“問い”を立てることである。

  • アイディア創造

アイディア創造において重要なのが、(日頃から探求・共感を習慣化している)多様なバックグラウンドを持つメンバーが様々な価値観のもとアイディアを称賛し重ねていくことや、ディスカッションを通じて言語化に努め、ポストイットやホワイトボードに書き、全員で見える状態にしていくことである。参加者が座った状態で、限られた人しか喋らない状態には決してならないように留意が必要である。

  • デザイン

アイディア創造により固まった有力なアイディアを、デザインとして描いたり、プロトタイプとして作成し実際に触ってみたり顧客に試してみながら当初の仮説とのギャップや新しい気付きを付け足しながらブラシュアップを図っていく。

  • 共創

デザイン・プロトタイプの検証がある程度終了し、実証実験や本格展開に向けて、さらに多くの関係者を巻き込んでいくタイミングとなる。これまでのアイディアを更に強固に付加価値の高いものとしていくためには、関係する各領域のプロフェッショナルとアイディア実現後のめざす姿や必要性を丁寧に共有したうえで、密接に連携・連動していく必要がある。

 

 

 

これらの4つのアクションを実際には高速で回していく必要があるのだが、適任の人材が内部におらず、単に寄せ集めたメンバーで行った結果、空中分解をし、進めていく中で中途半端な状態で終息してしまうケースが多く散見される。

立ち上がりこそ外部の力を借りてスピード感をもって精度高くスタートすることも一つのやり方であり、浸透がうまくいっている企業こそハブとなる人材を外部から採用することや、コンサルティング会社の力を借りてスムーズな立ち上がりを見せる企業が多い。

 

5.これからのデザインとビジネスの新しいかたち

ここまでお話してきた通り、確かにデザイナーとビジネスサイドの人間の思考プロセスや求められてきた役割は大きく異なる。一方で、両方の職場を経験してきた私だからこそ感じる類似性や協業ポイントは非常に多いと感じている。

最後に、企業のデザイン活用が進まないもう1つの理由と考えられるデザインとビジネスパーソンの共存方法が確立されていないという問題に対して、これからのデザインとビジネスの新しい融合の形となりうる一つの例を提示して話を終えたいと思う。

数年前にデザイナーとともに百貨店に対して新しい母の日の催事を提案・展開した際の話である。

クライアントからのオーダーは「これまでにない母の日を作る」という答えが見出しづらいオーダーを貰ったものの、クライアントメンバー含めて何度も議論を繰り返していく中でデザイナーが導き出した答えが「母の日という母親へ感謝を示す日から、母から子へ子から孫へ語り継ぐ日」という新しい母の日の形を提示した。

デザイナーの既存の価値観にとらわれない思考はもちろんのこと、クライアントと繰り返し協議をすることで感じた企業の想いや世の中のトレンド、そして何度も現場を訪れ「こうあったらいいな」や「こういう世界になったらいいな」から生まれた新しい価値提供であった。

ここから、通常であれば各商品開発や催事の準備に入るのだが、デザイナーが次にやったことが、言葉と絵をストーリーとして落としこみ、一つの物語(=本)に認め、その物語を関係者全員に配布したことだ。コンセプトや企画書だけだと、受け手ぞれぞれの解釈や理解度にばらつきが出るところであるが、誰にでも理解が出来る物語(=本)に認めることで、関係者全員が視覚的、感覚的にも共通理解を持ったうえで一斉に商品開発、空間デザイン、イベント企画、広告・PRが走り出すことを可能としたのである。

もちろん、結果は社内外からも大きな反響を受ける形で新しい母の日が実現された。

私は、ここからデザインとビジネスの新しいかたちのヒントとなりうるポイントが大きく3つあると感じている。

1つ目が、デザイナーとビジネスパーソンが、両者の立場を理解したうえで一緒になって、既存の形を否定し、顧客を捉えなおし、新しいかたちを模索し続けることで「これまでにないかたち」を生み出したこと。

2つ目が、アイディアや考えを言葉やストーリー、ビジュアルなど目に見える形にすることで関係者全員が共通認識を持ち、いつでも迷ったときには戻れる場所を作ったこと。

そして3つ目が、その共通認識・理解を持ったうえで、各領域のプロフェッショナルが120%の力をもって、アイディアの実現に向けて邁進したことだと考える。

まだまだ、企業によっては形だけのデザイナー起用やデザインシンキングが多い中で、今後デザインを企業活動の中に取り入れていくことは前述の通り必要な取り組みだと感じている。

その為には、デザインを理解し(デザイナーもビジネスパーソンに対する正しい理解を深めていく)、デザイナーを取り込みながら正しくデザインシンキングを実践していくことはもちろん必要であるが、それにも増して重要なことは互いの立場やこれまでの歩みが異なることを理解したうえで、ビジネスパーソンの“理論”とデザイナーの“感性”を互いにフル活用すること、そして企業や世の中を変えるために両者が“変わる覚悟”を持つことが新しいデザインとビジネスの形なのではないだろうか。

 

著者紹介

デロイト トーマツ グループ マネジャー

谷川 祥太郎

 

新卒で総合広告会社に入社し、その後アートディレクター主体のデザイン会社を経て現職。現職では、システム導入や全社業務改革等の経験からマーケティング戦略~クリエイティブ開発、新規事業構想まで多様なプロジェクトに従事。

直近では、デジタルマーケティングの組織構想から立ち上げ、デジタルマーケティング戦略策定、EC戦略策定、ロイヤリティプログラム構想、新規事業構想策定などを支援。

 

以上

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