パーソルホールディングス CDO兼グループデジタル変革推進本部 本部長 友澤大輔 氏 (写真右)
1994年ベネッセコーポレーション入社、新規事業の立ち上げや商品開発に携わる。 ニフティ、リクルート、楽天にてデータを活用したマーケティングを実践。 2012年7月にヤフーに入社しマーケティングイノベーション室室長に就任。 2018年10月にパーソルホールディングスのエグゼクティブデータストラテジストに就任し、グループ全体のデータ変革の推進を担う。
ファネルワン株式会社 代表取締役社長 田中洋一 氏 (写真左)
1999年からDoubleClick Japan, Omniture, AudienceScience Japan, Teads Japan などグローバルデジタルマーケティング企業の日本ビジネス立ち上げでキャリアを積む。 AudienceScienceとTeadsでは日本代表を務め、2016年8月にファネルワン株式会社を設立。企業の抱える課題とベンダーのソリューションをつなぐ橋渡しとして活躍。
デジタルツールの増加とマーケティングのデジタル化
友澤:今回は『デジタルマーケティング業界が成熟したのか、ツールが増えすぎてしまっている(カオス化している)のか?』というテーマで田中さんとお話ししたいです。
振り返ってみるとここ10年ほどで様々なデジタルツールが点として生まれて、次第に点と点がつながることでPDCAが回しやすくなっていった半面、データの大事さやマーケティング自体をどうやってデジタル化していくかという観点ではあまり変わっていないように感じます。
僕自身は事業会社に所属してデジタル改革をどうやって進めていくかを模索していますが、田中さんは社外の立場からいろんなツールをプロデュースしながら様々な企業のデジタル変革を促していると思います。 そんな田中さんの視点からお話を伺いたいです。
田中:そもそもファネルワンを始めたきっかけは2010年頃から感じていた「ツールが多すぎて把握しきれない」「自社が抱えている課題に対してどのベンダーが最適かわからない」という課題感からです。ツールベンダー(以下ベンダー)側も最適な提案をしようとしているんですが、セールスサイクルが長くなってしまっていて、その原因は大企業ほどサービスを細かく比較する傾向が強いからですね。
そこで、ファネルワンを通して比較した情報やツールの切り口などをまとめて事業会社に提供することで新しい施策に取り組むスピードが速くなるのではないかと考えてこの事業を始めました。
友澤:なるほど、かつてブランドサミットでも話題になった『ビジネスプロデューサー不在論』に繋がりますね。 広告主側は「代理店はすでに知っている・持っているサービスしか提案してこない」、代理店側は「良いRFP(提案依頼書)がないので、提案ができない」と感じています。 広告主は代理店やベンダーを大事にしていますが、代理店側も常に情報を最新の状態にアップデートができていないのが問題ですね。
顧客視点から生まれた課題を載せるプラットフォーム
友澤:ビジネスプロデューサー不在という課題を解決するためにファネルワンが広告主とベンダー/メディアを直接つなぐプラットフォームになろうとしているのは非常に面白いなと思ったんですよね。 現在のサービスに至るまで、どんな変遷がありましたか?
田中: 今のかたちになるまで何度か失敗してきましたが、最初は動画フォーマットやDMPの機能比較サイトの立ち上げから始めました。 サービスをローンチしたものの、(比較サイトという特性上)顕在層ユーザーのニーズしか満たすことができず利用シーンが限られてうまく循環させることができませんでした。 潜在層の利用シーンを増やすためにニュース機能やアプリ開発をしましたが全く響かずなかなか苦戦しましたね。アプリのダウンロードは5,000くらいでした(笑)。
一度立ち返ろうと思って、事業会社側の方にサービスの選定過程について意見を求めたのが今のサービス立ち上げのきっかけです。パートナーや代理店からサービスの情報を聞く以外にテレアポでの売り込みで契約に至るケースもあるらしく、これが僕の中では意外な回答だったんですね。もう少し深堀りしてみると、関係ないテレアポが大半なんですけど年に1回くらいは、自社の課題に対してドンピシャの提案や売り込みがあってそれを採用するケースがあるんです。採用される理由はシンプルで、課題にマッチしたソリューションを提案されたからです。
この話をもとにベンダーから企業の課題を予測してベストのタイミングでアプローチするのは難しいですが、「企業がプラットフォーム上に課題を開示すれば、数多くのベンダーから自社にフィットしたベンダーが効率的に見つかる」と考え、今のサービスモデルができました。広告主側が抱える課題を詳細に記載するプラットフォームを立ち上げて、その課題を解決(提案)できる企業がアプローチをする。今まで広告主側が膨大な時間をかけて情報収集をしていたものを短縮し、ベンダーや代理店側も企業の課題を選び、角度の高い商談を重ねることができるのでwin-winな関係を構築できると思いました。
今では課題を掲載広告主が100社程度、提案をするパートナー企業が330社程度いらっしゃいます。
友澤:今はどういう広告主、ベンダーさんが多いですか?
田中:広告主は中堅からグローバルブランドにご利用いただいています。 ファネルワンが誰でもアカウントが作れるランサーズやクラウドワークスと一番違うのは受発注両サイド審査された企業しか入れない(掲載することができない)という点です。 僕自身は新橋の飲み屋街キャラですが、ファネルワンは優良企業だけが集まるBtoBマッチングとして銀座の中央通りを目指しています。(笑)
友澤:現在は330社ほどのパートナーがいると伺いましたが、どれくらいのタイミングで企業数が増えていきましたか?
田中: ファネルワンのベンダーが増えるきっかけになったのは成果報酬の仕組みにしたことです。会員登録、クライアントへの提案、アプローチ、ミーティング設定まで無料です。 最後にビジネスに勝ったときだけ、費用が発生する仕組みです。
私自身、20年間外資系マーケティングテクノロジー会社4社で働いていたこともありベンダー側のインサイトは把握できていました。 例えば多くのベンダーが広告イベントなどへの出展を行っていますが、そこで数十枚の名刺交換をできても成約に至るのはほんの数枚だけなので、ほとんどブランディング施策となっています。 BtoCの世界ではアフィリエイトのような成果報酬制の仕組みがありますが、BtoBにまだありませんでした、そこでファネルワンでは契約が発生した段階で初めて費用が発生する仕組みにしました。 現在は広告主:ベンダーが1:3という比率で、広告主が増えることでベンダー側が増えてきています。
友澤:なるほど、ベンダー時代の経験からユーザー本位の仕組みにすることで、増えてきたんですね。
顧客起点の提案が求められる時代
友澤:ファネルワンを運営していくうえで、このベンダーさんはプロデュース力が高いなと感じることはありますか?
田中:ファネルワンの仕組みの中でベンダーが広告主にコンタクトする際に『提案切り口』を書く欄があります。500文字と少ないのでセンスが問われます。メッセージングは短いほど難しいですが、ここをうまく書いている企業さんはやはりいらっしゃいますね。 また、今まで300以上の個別提案を見てきましたが、顧客視点に立とうとするベンダーが思ったより多いということに感動しました。
世の中の多くの営業は自社と商品の紹介をばかりする売り込みの人が多いですが、ファネルワンではそれはせずに、クライアントに対しては自社のメディアやテクノロジーで広告主の顧客に何ができるかだけを伝えてくださいと言っています。
サービスの仕組み上、自社の説明ばかりする売り込み企業は排除されることもありますが、多くのベンダーさんが広告主の顧客起点で提案してくれています。 こういった仕組みを通して今も日本に残る行動中心の営業から、行動する前にクライアントビジネス起点で考えるアイディア中心の営業へと変えていきたいと考えています。 提案前には広告主の実際にサービスに触れてみるといったマーケットインの発想が必要ですね。
友澤:今日のテーマであるデジタルマーケティングツールは参入しやすい分、カオス化が進みやすい。だからこそユーザーファースト、マーケットインの発想であれば成功しやすいですね。逆に同じものを作っても成功できませんよね。
田中:どうしてもサービスは同質化しがちです。 数万社に1社は革命的なプロダクトを作れますが、ほとんどの企業は既存のマーケットに対して入るので同質化します。そんな中で自社の話をしてもダメで、いかにクライアントのビジネスに落とし込んで語れるかが重要になってきます。
友澤:ツールはまず新しさから入って、最近は段々とトータルサポートに向かいますね。 ここ数年は抱える課題に対して解決策を提案できる企業と付き合いたいと変わってきています。価格やプロダクトの説明だけでは進みませんね。コモディティ化しているデジタルツールはカオス化し、クライアントと親密な関係が求められるプロダクトについては成熟化して事業会社本位で考えないと進まない時代になって変わって来たと感じます。
キャンペーン本位の傾向について
田中:ベンダー側の話をたくさんしてきましたが、僕は今両サイドを見ています。そこで代理店についてはいろんな意見を聞きます。
代理店さんのアプローチは、1つのキャンペーン予算を最大化することに主眼が寄っているケースをよく耳にします、それもいいのですがまずクライアントをCRMやストック型のブランディングの仕事を受けたうえで、個々のキャンペーンに勝つことでより良いパートナー関係が構築できると思っています。 しかし、実際にはそこまで行わずに単発のキャンペーン予算の最大化にばかり注目しています。 代理店はCRMやストック型のブランディングを中長期的に支援すれば、深い関係になれるはずなのに、クライアントがデータを出したがらないからですか?
友澤:大きな理由としてビジネスプロデューサー不在論があると思います。事業会社側もそれなりにちゃんとプロデュースできる人が少ない。少ない場合、本来は代理店側が機能して依頼できない分動いてほしいですが、企業側も代理店側も長期的な目線で仕事をできていないので、依頼がないと提案もしないといった関係が続いてしまうんだと思います。
友澤:今って成熟したマーケティングツールもあって、そうでもないツールも結構たくさんあって、そんな中事業会社はキャンペーン本位になってサプライヤー(代理店やベンダー)は受け手側としても一時的な提案になっていて、さらに担当者が変わることもあってお互いのノウハウが蓄積されないまま進んでいます。 こういう状況なので事業会社側にはデジタルマーケティング文化が定着しないですよね。 これについて田中さんはどう考えていますか?ファネルワンを通して関わる企業にも一貫した依頼を出すところ、一時的な依頼をだすところがあると思います。
田中:企業にデジタルマーケティング文化が定着するためにはアーリーアダプターではない、マジョリティ層に普及する必要があります。 ファネルワンは最近になってやっと、この層に使っていただくフェーズに来たと感じています。 企業におけるマジョリティ層とは業界の横のつながりが少なく他社との情報網を持っていない人たちです。こういった人々にこそファネルワンは有効に活用してもらえると思っていますが、いきなりオンラインに課題を掲載してベンダーを探してもらうというのは難しいです。
まずアーリーアダプターがファネルワンを社内へと持ち込み、次にマジョリティ層が実際に触れてみて課題を掲載すると。そして名前も知らなかったベンダーからこんな提案が来るんだと体感してもらう必要があります。
デジタルマーケティングの組織定着を促すために
友澤:新しいユーザー層も増えてきているとのことですが、事業会社の組織定着・文化定着は進んでいるように見えますか? 担当者が変わっても組織が同じならば組織定着するはずですが、実際には会社が変わっても一人の担当者が各社でデジタルマーケティングを導入している場合もあります。 これは定着しているとは言えないですよね?
田中:やはりアーリーアダプターは人に依存します。その人が出ていくとその先の会社で利用するということもあります。 ファネルワンはCDO、CMO、購買、情シスなどの横串のミッションを持った方や部門で使い始めてもらっているケースが増えました。大企業皆さんはベンダー選定する際に、必ず関わる部門なので、ここの部署からほかの部署も使いましょうって広げてもらっていますね。この流れは今年に入ってから感じます。
友澤:なるほど、実はパーソルでもファネルワンの利用を検討しています。マーケティングツールもそうだし、本当は昔のDMPみたいにデータを事業会社同士でやり取りできるようになったら良いんですが、日本はまだ遠そうな気がするので、一つの会社の中で定着させて組織化しなければいけません。
自分の会社にデジタルマーケティングを定着させる1つの方法として、僕は『ブーメラン効果』が良いなと感じています。社外で話題になっているものをいったん社内で事例として話すのも大事ですが、実施して外に発信してからその反応を内側へと返すことで『このやり方がいいんだ、注目されているんだ』と話題化させて定着させるというのをよくやります。
田中:社外から言われると客観というか同調しやすくなるんですね、2つの視点から言われることで心理的に腑に落ちるということでしょうか。外部から言ってもらうことが重要ですよね。
友澤:そうです、一方から言われるだけでは不十分ですね。 もう一つの方法が『ガードレール』と呼んでいるものです。何も制限を与えないと何から手を付ければよいかわからなくなるので、これはやっちゃダメということをあえて決める。 こういう範囲で使ってよいと決めてあげることが、データやデジタルにおいては重要に感じていますね。 最後はちゃんと事例を作ることです。
そしてそれを金科玉条のように自分たちで納めずに発信して、それを中に持ってくる循環を作る。特にデータやアプリケーションはそうだと思います。
田中:データやツールはそうですね、安くフリーミアムで開始できるので各部門がボコボコと別々に使い始めると組織の視点で混乱してしまいます
友澤:でもデジタルツールの進化ってかなり激しいのでどこかでちゃんと選別して、どういう課題があるのかをマーケットに聞き続けなければならないし、逆にそれをちゃんとライトに使える環境を社内に作らなければならない。 そういうことを何回か繰り返して、初めて事業会社に対して定着できるんじゃないかと思うんですよね。
そこでファネルワンなんですよ。すごいちゃんとしたRFPをちゃんと作るのってお互いにパワーがかかるじゃないですか、だからあえてオンラインでやり取りをしてその中でアジャイルに進んでいくっていうのはさっきの組織定着っていうテーマにおいてもすごくいいんですよ、マジで。 我々の人材教育においても適切に依頼を出せる人っていうのは適切に使えている人だから、そういうことをクイックに行えるようになってくるとデジタルマーケティング自体の活用もすごくしやすくなるし、ビジネスプロデューサーは生まれるんじゃないかと結構期待しています。
だから、ファネルワンを単なる依頼プラットフォームとするのはもったいないなと感じています。 事業会社側がちゃんと依頼できれば提案もされるし、ベンダー側も相手の課題がわかるし、会社側も課題を構造化できる。そんなやり取りが今のプラットフォームの中で成熟してきたのであれば、そういった成熟したマーケティングツール群とそれに入れないカオス化したマーケティングツール群に選別されていく世の中になるのではないかと思っています。
田中:少しおこがましい言い方ですが、ファネルワンに入られるベンダーはクライアント起点でアイディアマインドが強い企業の方々なので、もうそこだけでクライアントには「ここは強いプラットフォームなんだ」という印象を持たれるようにしていきたいんです。 逆に課題設定側の方も目的明確で、ちゃんと背景も話して課題を出してくれると動きやすいじゃないですか、プラットフォームなのでAirbnbのように、両サイドが評価される仕組みにしなきゃいけないなと考えています。