はじめに|なぜ今、企業のIoTセキュリティ対策が急務なのか
工場の生産ライン、オフィスの空調管理、物流倉庫の在庫追跡、さらには遠隔医療の現場まで。私たちのビジネスを取り巻く環境では、あらゆる「モノ」がインターネットにつながるIoT(Internet of Things)の活用が急速に進んでいます。IoTは、デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進し、これまでにない業務効率化や新たな顧客価値を創出する強力な武器です。
しかし、その利便性の裏側には、見過ごすことのできない重大なリスクが潜んでいます。それが「IoTセキュリティ」の問題です。インターネットに接続される機器が増えれば増えるほど、サイバー攻撃の標的となる「入口」もまた増大します。適切なセキュリティ対策を施さないままIoT活用を進めることは、企業の存続を脅かすほどの深刻な被害を引き起こす危険な行為に他なりません。
本記事では、なぜ今、IoTセキュリティが企業の喫緊の課題なのかを解説するとともに、最新の脅威から自社を守るために実践すべき必須対策を網羅的にご紹介します。
IoTの急速な普及とビジネスにおける重要性
IoTはもはや未来の技術ではなく、現代ビジネスに不可欠な基盤技術となっています。国内のIoT市場も年々拡大を続けており、様々な産業でその活用が広がっています。
例えば、製造業では「スマート工場」として、センサーを取り付けた生産設備の稼働状況をリアルタイムで監視し、故障予知や品質向上に役立てています。物流業界では、荷物に付けられたタグから位置情報を把握し、配送ルートの最適化や正確な在庫管理を実現。医療分野では、ウェアラブルデバイスによる患者のバイタルデータ遠隔監視が、農業ではドローンやセンサーを活用した「スマート農業」が、それぞれ人手不足の解消や生産性向上に大きく貢献しています。
このように、IoTは単なるコスト削減や効率化のツールに留まらず、データ活用による新たなサービス開発やビジネスモデル変革を促す、企業の競争力の源泉となっています。今後、5Gの普及により、さらに多くのデバイスが高速・大容量・低遅延でネットワークに接続されるようになり、IoT活用の流れはますます加速していくでしょう。
IoTセキュリティ対策を怠った場合のリスクと甚大な被害
IoTの恩恵が大きければ大きいほど、セキュリティ対策を怠った際のリスクもまた甚大なものになります。従来のITセキュリティが主に情報資産を守ることを目的としていたのに対し、IoTセキュリティは物理的な世界にも直接的な影響を及ぼす可能性がある点で、より深刻な事態を招きかねません。
もし、あなたの会社のIoT機器がサイバー攻撃を受けたら、どのような事態が想定されるでしょうか。そのリスクは、単なる情報漏洩だけではありません。
リスクの分類 | 具体的な被害内容 | 企業への影響 |
---|---|---|
事業継続への脅威 | 工場の生産ライン停止、ビル管理システムの機能不全、物流システムの麻痺、Webカメラの乗っ取りによるDDoS攻撃の踏み台化 | 生産・サービス提供の停止による直接的な売上損失、サプライチェーン全体への波及、加害者としての損害賠償責任 |
情報資産・金銭的被害 | ネットワークカメラ映像の流出、センサーデータや顧客情報の漏洩、ランサムウェアによる機器のロックと身代金要求 | 機密情報の逸失、復旧・調査にかかる高額なコスト、身代金の支払い(推奨されません)、株価の下落 |
信用の失墜 | セキュリティインシデントの公表によるブランドイメージの毀損、顧客や取引先からの信頼喪失 | 顧客離れ、取引停止、新規契約の困難化、優秀な人材の流出 |
物理的な安全への脅威 | 医療機器の誤作動による健康被害、自動運転システムや交通インフラの乗っ取りによる人命に関わる事故 | 人命への危害、取り返しのつかない社会的責任の発生、事業継続そのものが不可能になるリスク |
ひとたびインシデントが発生すれば、事業停止による直接的な経済損失はもちろんのこと、顧客や社会からの信用を失い、最悪の場合、企業の存続自体が危ぶまれる事態に発展します。IoTセキュリティは、もはや情報システム部門だけの問題ではなく、全社的に取り組むべき経営上の最重要課題なのです。
IoTセキュリティの基本を理解する
IoTの導入を検討する、あるいは既に運用しているすべての企業にとって、IoTセキュリティの基本を正しく理解することは、ビジネスを脅威から守るための第一歩です。
この章では、IoTセキュリティの定義から、従来のITセキュリティとの違い、そしてIoT機器が抱える特有のリスクまで、基礎となる知識を分かりやすく解説します。
IoTセキュリティとは?
IoTセキュリティとは、インターネットに接続された「モノ」(IoTデバイス)と、それを取り巻くシステム全体をサイバー攻撃の脅威から保護するための技術的・組織的な対策全般を指します。これには、センサーやカメラ、産業用機器といったデバイス本体だけでなく、デバイスが収集・送受信するデータ、データを処理するクラウドやサーバー、そしてユーザーが利用するスマートフォンアプリまで、IoTシステムを構成するあらゆる要素が含まれます。
IoTセキュリティは、情報セキュリティの3つの要素(CIA)を確保することを目的としています。
- 機密性 (Confidentiality): 許可されたユーザーだけが情報にアクセスできるようにし、不正な情報漏洩を防ぎます。
- 完全性 (Integrity): データが送受信の過程や保管中に、不正に改ざんされたり破壊されたりしないように保護します。
- 可用性 (Availability): ユーザーが必要な時に、いつでもIoTデバイスや関連サービスを利用できる状態を維持します。
これらの要素が一つでも損なわれると、企業の信頼失墜や事業継続の危機に直結する可能性があります。
従来のITセキュリティとの違い
IoTセキュリティは、PCやサーバーを対象としてきた従来のITセキュリティの延長線上にありますが、その性質は大きく異なります。IoTならではの特性を理解せず、従来のITセキュリティ対策をそのまま適用するだけでは、潜むリスクに対応しきれません。両者の主な違いを以下の表にまとめます。
比較項目 | 従来のITセキュリティ | IoTセキュリティ |
---|---|---|
保護対象 | PC、サーバー、スマートフォンなど、比較的人が介在する情報機器が中心。 | センサー、カメラ、産業機械、家電、自動車など、多種多様で自律的に動作する機器。 |
リソース(処理能力・メモリ) | 比較的潤沢で、高度なセキュリティソフトを導入可能。 | 極めて限定的な場合が多く、高度な暗号化やセキュリティ機能の実装が困難。 |
設置環境 | オフィスやデータセンターなど、物理的に管理された屋内環境が主。 | 工場、屋外、公共空間など、管理者の目が届きにくく、物理的な攻撃を受けやすい環境も多い。 |
ライフサイクル | 数年単位でリプレースされることが一般的。 | 10年以上にわたり長期間使用されることが多く、サポート終了後も稼働し続けるリスクがある。 |
アップデート・パッチ適用 | OSやソフトウェアのアップデートが比較的容易に、定期的に行われる。 | アップデートの仕組み自体がない、または適用が困難な機器が多く、脆弱性が放置されやすい。 |
攻撃による影響 | 情報漏洩や業務システムの停止など、サイバー空間内での被害が中心。 | 機器の誤作動や停止により、物理的な世界の安全性(人命、社会インフラ、生産ラインなど)に直接的な被害を及ぼす危険性がある。 |
IoT機器が抱える特有の脆弱性
IoT機器は、その利便性の裏側で、従来のIT機器にはない特有の脆弱性を数多く抱えています。攻撃者はこれらの弱点を巧みに突き、システム全体を危険に晒します。企業が認識すべき主な脆弱性は以下の通りです。
ハードウェアに起因する脆弱性
製品の小型化や低コスト化を優先するあまり、ハードウェアレベルでのセキュリティ対策が不十分な場合があります。機器を分解されることで、内部の記憶装置から認証情報などの機密データが直接抜き取られたり、デバッグ用のポート(JTAGなど)を悪用して不正なプログラムを送り込まれたりするリスクがあります。
ソフトウェア・ファームウェアに起因する脆弱性
- 貧弱な認証情報: 「admin」「password」といった推測容易なID・パスワードが初期設定のまま使われている、あるいはソースコード内にパスワードが変更不可能な形で埋め込まれている(ハードコードされている)ケースは後を絶ちません。
- 不十分なアップデート機能: 脆弱性が発見されても、修正パッチを適用するためのファームウェアアップデート機能が提供されていない、または手順が複雑で利用されないことがあります。これにより、既知の脆弱性が長期間放置されることになります。
- 安全でない通信: デバイスとサーバー間の通信が暗号化されておらず、通信内容の盗聴や改ざんが容易になっている場合があります。特に、公衆Wi-Fiなどの信頼性の低いネットワーク環境では重大なリスクとなります。
- 不要な機能・サービスの有効化: 開発やテスト目的で使われた不要なポートやサービスが、製品出荷時にも有効化されたままになっていることがあります。これは攻撃者にとって格好の侵入口となります。
- プライバシー保護の不備: ユーザーの利用状況や個人情報など、必要以上のデータを収集し、安全な管理がなされないまま外部に送信しているケースも問題視されています。
これらの脆弱性は、単一の機器の問題に留まらず、ネットワーク全体を危険に晒す「踏み台」として悪用される可能性を秘めています。そのため、IoTの導入においては、こうした特有の脆弱性を深く理解し、対策を講じることが不可欠です。
【事例で解説】IoTセキュリティを脅かす最新のサイバー攻撃
IoTセキュリティの理論を理解するだけでは、対策の重要性を実感しにくいかもしれません。ここでは、実際に世界中で発生しているサイバー攻撃の事例を具体的に解説します。これらの攻撃は決して対岸の火事ではなく、明日あなたの企業を襲うかもしれない現実の脅威です。
Miraiに代表されるボットネットによるDDoS攻撃
IoTセキュリティを語る上で避けて通れないのが、マルウェア「Mirai(ミライ)」によるサイber攻撃です。Miraiは、工場出荷時のIDやパスワードなど、簡単な認証情報が設定されたままのWebカメラやルーターといったIoT機器を標的とします。
感染した機器は、攻撃者の命令を待つ「ボット」となり、それらが集まって巨大なネットワーク「ボットネット」を形成します。攻撃者はこのボットネットを悪用し、特定のサーバーやWebサイトに対して一斉に大量のデータを送りつける「DDoS攻撃(分散型サービス妨害攻撃)」を仕掛けます。これにより、標的となったサービスは処理能力を超えてしまい、機能停止に追い込まれます。
この攻撃の最も恐ろしい点は、自社のIoT機器が、知らないうちにサイバー攻撃の「加害者」にされてしまうリスクです。自社の機器が攻撃の踏み台として悪用された場合、被害者への損害賠償責任を問われたり、企業の社会的信用を大きく損なったりする可能性があります。
ランサムウェアによる機器の乗っ取りと機能停止
パソコンのデータを暗号化し、復旧と引き換えに身代金(ランサム)を要求する「ランサムウェア」は、今やIoT機器にとっても深刻な脅威です。
IoT機器がランサムウェアに感染すると、単にデータが失われるだけでは済みません。例えば、スマート工場の生産ラインを制御する機器が乗っ取られれば、生産活動は完全に停止します。病院では、患者の生命維持に関わる医療機器が操作不能になるかもしれません。また、スマートロックが機能しなくなれば、建物への出入りが不可能になる事態も想定されます。
このように、IoTにおけるランサムウェア被害は、デジタル空間の脅威が、直接的に物理的な被害や事業継続の危機につながるという特徴があります。身代金を支払ったとしても、機器が元通りに復旧する保証はなく、企業は甚大な経済的損失と事業機会の損失を被ることになります。
盗聴やデータ漏洩によるプライバシー侵害と情報資産の流出
IoT機器は、私たちの身の回りで常に多種多様なデータを収集・送信しています。ネットワークカメラの映像、スマートスピーカーが拾う音声、ウェアラブルデバイスが記録する健康情報、工場のセンサーが収集する稼働データなど、その中には機密性の高い情報が数多く含まれています。
もし、これらのデータが流れる通信経路の暗号化が不十分であったり、機器自体に脆弱性があったりすると、攻撃者によって通信内容が盗聴されたり、機器内部に保存されたデータが窃取されたりする危険性があります。実際に、セキュリティ設定が甘いネットワークカメラの映像が、インターネット上で誰でも閲覧できる状態になっていたという事件は後を絶ちません。
企業にとっては、顧客のプライバシー侵害はもちろんのこと、製品の設計図や生産計画といった重要な情報資産が競合他社に流出するリスクも無視できません。これは、企業の競争力を根幹から揺るがす重大なインシデントです。
不正アクセスによる社会インフラへの攻撃
IoTの活用は、電力、ガス、水道、交通といった社会の根幹を支える重要インフラの領域にも広がっています。これらのシステムがサイバー攻撃の標的となった場合、その被害は一企業の問題にとどまらず、社会全体に壊滅的な影響を及ぼす可能性があります。
攻撃者は、重要インフラを制御するシステムに不正アクセスし、社会機能の麻痺やパニックを引き起こすことを狙います。これは「サイバーテロ」とも呼べる行為であり、国家の安全保障を脅かすものです。
IoT化されたインフラへの攻撃は、もはや映画や小説の中だけの話ではなく、現実的な脅威として認識し、国家レベルでの対策が求められています。以下の表は、攻撃対象となりうるインフラと、想定される被害の一例です。
攻撃対象のインフラ | 想定される攻撃シナリオ | 社会への影響 |
---|---|---|
電力・ガス・水道 | 供給システムの停止、不正操作による供給量改ざん | 大規模停電、断水、ガス供給停止による市民生活の麻痺 |
交通システム | 信号機の制御乗っ取り、鉄道の運行システムへの介入 | 深刻な交通渋滞、大規模な鉄道事故の誘発 |
ビル管理システム | 空調、エレベーター、防災設備の不正操作 | ビル機能の停止、利用者の閉じ込め、火災時の避難困難 |
医療機関 | 電子カルテの改ざん、医療機器の停止・誤作動 | 誤った治療による医療事故、手術の遅延・中止 |
企業が実践すべきIoTセキュリティ必須対策リスト
IoTセキュリティの脅威は多岐にわたりますが、適切な対策を講じることでリスクを大幅に低減できます。
ここでは、企業のIoT機器をサイバー攻撃から守るために実践すべき必須対策を、「ライフサイクル」「技術」「組織」の3つの視点から網羅的に解説します。単一の対策だけでなく、これらを組み合わせた多層的な防御体制を構築することが重要です。
対策の全体像 ライフサイクルで考えるIoTセキュリティ
IoTセキュリティは、機器を導入して終わりではありません。企画・設計から導入、運用、そして最終的な廃棄に至るまで、製品のライフサイクル全体を通じてセキュリティを考慮する「セキュリティ・バイ・デザイン」という考え方が不可欠です。各段階で実施すべき対策を怠ると、後からでは対応が困難な脆弱性を抱え込むことになります。
以下の表は、IoT機器のライフサイクル各段階における具体的なセキュリティ対策をまとめたものです。
ライフサイクル段階 | 主なセキュリティ対策 | 対策のポイント |
---|---|---|
企画・設計段階 |
| 製品やサービスにセキュリティを組み込む最も重要なフェーズ。ここで手を抜くと、後工程での対策が困難かつ高コストになります。 |
導入・構築段階 |
| 機器を安全にネットワークへ接続するための設定を行うフェーズ。設定ミスが侵入の糸口になるため、手順書を作成し徹底することが求められます。 |
運用・保守段階 |
| 新たな脅威に対応し続けるための継続的な活動が不可欠なフェーズ。運用体制を構築し、インシデントの早期発見と対応を目指します。 |
廃棄段階 |
| 機器に保存された機密情報や認証情報が漏洩しないよう、適切に処理するフェーズ。廃棄手順を明確に定め、確実に実行する必要があります。 |
今日からできる具体的な技術的対策
ライフサイクル全体での対策と並行して、すぐにでも着手できる具体的な技術的対策も数多く存在します。ここでは、特に優先度の高い5つの対策を解説します。
推測困難なパスワードの設定と管理
最も基本的かつ重要な対策です。多くのIoT機器が、初期設定の簡単なパスワード(例: “admin”, “password”)のまま使用されていることが、攻撃者に悪用される最大の原因となっています。必ず初期パスワードを変更し、大文字・小文字・数字・記号を組み合わせた、長く推測されにくいパスワードを設定してください。また、機器ごとに異なるパスワードを設定し、適切に管理することも被害の拡大を防ぐ上で不可欠です。
ファームウェアの常時最新化
ファームウェアとは、IoT機器を制御するための基本的なソフトウェアです。メーカーは製品出荷後に発見された脆弱性を修正するため、ファームウェアのアップデートを提供します。攻撃者はこの脆弱性を狙うため、ファームウェアを常に最新の状態に保つことが極めて重要です。ベンダーのウェブサイトを定期的に確認し、アップデートが公開されたら速やかに適用する運用体制を整えましょう。自動アップデート機能がある場合は、積極的に活用することを推奨します。
通信経路の暗号化
IoTデバイスとサーバー間の通信データが暗号化されていない場合、攻撃者によって通信内容が盗聴され、IDやパスワード、機密情報が漏洩する危険性があります。これを防ぐため、TLS(Transport Layer Security)などの標準的な暗号化技術を用いて通信経路全体を保護してください。特に、公衆Wi-Fiなど信頼性の低いネットワークを経由する場合は、VPN(Virtual Private Network)を利用して安全な通信トンネルを確保することも有効な手段です。
ネットワークの分離とアクセス制御
万が一、一台のIoT機器がマルウェアに感染しても、被害を最小限に食い止めるための対策がネットワークの分離(セグメンテーション)です。IoT機器専用のネットワークセグメント(VLANなど)を構築し、社内の基幹システムやPCが接続されているネットワークから物理的・論理的に分離します。これにより、感染が他の重要なシステムへ波及するのを防ぎ、被害を局所化できます。さらに、ファイアウォールを設置して、IoT機器からの通信を必要最小限に制限するアクセス制御も併せて実施しましょう。
ログの監視と異常検知体制の構築
サイバー攻撃の兆候をいち早く掴むためには、ログの監視が欠かせません。IoT機器や関連するサーバー、ネットワーク機器のログ(認証ログ、通信ログ、操作ログなど)を収集・保管し、定期的に監視する体制を構築してください。平常時の通信パターンを把握しておくことで、「深夜の不審なアクセス」「海外からの大量アクセス」といった異常を早期に検知できます。SIEM(Security Information and Event Management)のようなログ統合管理ツールを導入すると、効率的な監視と分析が可能になります。
組織として取り組むべき体制面の対策
高度な技術的対策を導入しても、それを運用する組織の体制が脆弱では意味がありません。技術と組織はセキュリティ対策の両輪です。全社的に取り組むべき体制面の対策を解説します。
IoTセキュリティポリシーの策定と周知
場当たり的な対策ではなく、組織として一貫したセキュリティレベルを維持するためには、明確なルールが必要です。IoT機器の導入・利用に関する「IoTセキュリティポリシー」を策定しましょう。このポリシーには、利用目的、責任部署、パスワード管理規則、アップデート手順、インシデント発生時の報告ルートなどを具体的に明記します。重要なのは、ポリシーを策定するだけでなく、経営層の承認を得て全従業員に周知し、遵守させることです。定期的な教育や研修を通じて、従業員のセキュリティ意識を高める活動も欠かせません。
インシデント対応計画の準備と訓練
「インシデントは起こりうる」という前提に立ち、万が一セキュリティ侵害が発生した際に、迅速かつ的確に対応できる体制を事前に準備しておくことが事業継続の鍵となります。CSIRT(Computer Security Incident Response Team)のような専門チームを組織し、「検知」「初動対応」「原因調査」「復旧」「報告」といった一連の対応フローを定めたインシデント対応計画を策定してください。さらに、この計画が絵に描いた餅にならないよう、定期的に机上演習や実践的な訓練を行い、計画の実効性を検証・改善していくことが極めて重要です。
IoTセキュリティ対策を強化するソリューションとサービス
自社内での対策には、専門知識や人材、24時間体制での監視など、多くのリソースが必要となり限界が生じることがあります。そこで、企業のIoTセキュリティをより強固なものにするために、専門的な知見を持つベンダーが提供するソリューションやサービスの活用が極めて有効な手段となります。ここでは、企業が利用を検討すべき代表的なサービスを4つ紹介します。
IoTセキュリティ診断サービス
IoTセキュリティ診断サービスは、専門家の視点からIoTデバイスや関連システムに潜む脆弱性を網羅的に洗い出し、評価するサービスです。自社では気づきにくいセキュリティ上の問題点を客観的に把握し、対策の優先順位付けに役立てることができます。
診断内容は多岐にわたりますが、主に以下のような項目が含まれます。
- プラットフォーム診断:OSやミドルウェアの設定不備、不要なサービスの稼働などをチェックします。
- ファームウェア解析:デバイスの動作を制御するファームウェアを解析し、ハードコードされたパスワードや秘密鍵、バックドアなどの脆弱性を検出します。
- Webアプリケーション診断:IoTデバイスの管理画面などに存在するWebアプリケーションの脆弱性(SQLインジェクション、クロスサイトスクリプティングなど)を診断します。
- ペネトレーションテスト(侵入テスト):実際の攻撃者の視点に立ち、システムへの侵入を試みることで、複数の脆弱性を組み合わせた攻撃シナリオのリスクを評価します。
これらの診断を通じて、既知の脆弱性だけでなく、設計・実装段階における未知のリスクや設定ミスまで浮き彫りにできるため、製品の出荷前やシステム導入後の定期的な健全性チェックとして非常に重要です。代表的なサービスには、NECの「IoTセキュリティ診断」やNRIセキュアテクノロジーズの「IoT/OTセキュリティ診断」などがあります。
IoTデバイス向けセキュリティソフト
IoTデバイス(エンドポイント)自体にセキュリティ機能を組み込むためのソフトウェアです。パソコンにウイルス対策ソフトを導入するのと同様に、デバイスそのものを保護することで、多層的な防御を実現します。
IoTデバイスはCPUやメモリなどのリソースが限られていることが多いため、これらのセキュリティソフトは軽量な動作と低負荷であることが最大の特徴です。主な機能には以下のようなものがあります。
- 不正プログラム対策:マルウェアの侵入や実行を検知・ブロックします。
- 改ざん検知:システムの重要なファイルが不正に書き換えられていないかを監視します。
- IPレピュテーション:悪意のあるサーバー(C&Cサーバーなど)との通信を遮断します。
- 脆弱性対策(仮想パッチ):OSやミドルウェアの脆弱性が発見された際に、正規のパッチが提供されるまでの間、攻撃を防ぐ仮想的なパッチを適用します。
これらの機能をデバイスに直接実装することで、万が一ネットワーク内に侵入された場合でも、デバイスの乗っ取りやマルウェア感染といった被害を最小限に食い止めることが可能になります。トレンドマイクロ社の「Trend Micro IoT Security」などがこの分野の代表的な製品として知られています。
IoTゲートウェイセキュリティ
多数のIoTデバイスと社内サーバーやクラウドとの通信が集約される「IoTゲートウェイ」にセキュリティ機能を集中的に配備するアプローチです。個々のデバイスにソフトウェアを導入するのが難しい環境や、多様なデバイスが混在する環境で特に効果を発揮します。
UTM(統合脅威管理)アプライアンスなどがこの役割を担い、以下のような機能をゲートウェイ上で提供します。
- ファイアウォール
- IPS/IDS(不正侵入防御・検知システム)
- アンチウイルス・アンチスパイウェア
- Webフィルタリング
- アプリケーション制御
ネットワークの出入口で一元的に脅威を監視・ブロックすることで、管理の煩雑さを解消し、効率的なセキュリティ運用を実現します。また、セキュリティソフトをインストールできないようなレガシーなIoTデバイスも、ネットワークレベルで保護できるという大きなメリットがあります。Palo Alto Networks社の次世代ファイアウォールなどが、この領域で高い評価を得ています。
SOC(セキュリティオペレーションセンター)サービス
SOC(Security Operation Center)は、セキュリティ専門のアナリストが24時間365日体制で企業の情報システムを監視し、サイバー攻撃の検知、分析、対応支援を行う専門組織およびそのアウトソーシングサービスです。
IoT環境では、デバイスやサーバー、ネットワーク機器から膨大な量のログが生成されます。SOCサービスは、これらのログをSIEM(Security Information and Event Management)などの高度な分析基盤に集約・相関分析することで、人手では見つけ出すことが困難な攻撃の予兆や、未知の脅威を早期に発見します。インシデント発生時には、被害の封じ込めや復旧に向けた具体的なアドバイスを提供し、迅速な対応を支援します。
高度なスキルを持つセキュリティ人材を自社で確保・維持することは多くの企業にとって大きな課題ですが、SOCサービスを活用することで、その課題を解決し、プロフェッショナルによる高度な監視体制を構築できます。ラック社の「JSOC」やNTTコミュニケーションズの「WideAngle」などが国内で広く知られています。
サービス項目 | 具体的な内容 |
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セキュリティ監視 | 各種ログを24時間365日体制でリアルタイムに監視し、インシデントの兆候を検知。 |
インシデント分析 | 検知したアラートが真の脅威か、誤検知かを専門家が分析・判断。攻撃手法や影響範囲を特定。 |
インシデントハンドリング支援 | 脅威検知時に、被害拡大を防ぐための初動対応(通信遮断など)や、復旧に向けた具体的な手順を助言。 |
レポート | 月次や四半期ごとに、検知したインシデントの傾向やシステムの脆弱性に関する分析レポートを提供。 |
まとめ
IoTの活用は企業の競争力を高める一方、セキュリティ対策を怠ると事業継続を脅かす甚大な被害に直結します。本記事で解説した通り、IoT機器は特有の脆弱性を持ち、サイバー攻撃の格好の標的となるためです。自社の重要な資産と顧客の信頼を守るためにも、企画から廃棄に至るライフサイクル全体を見据え、技術的・組織的な対策を体系的に実践することが不可欠です。